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 上田・服部系“超阿古谷”血統について(後編)

7. 閑話休題 〜「AKO」物語〜

ここで少し話題を変えて「AKO」と呼ばれる阿古谷産の血統についてお話しましょう。この通称で知られる阿古谷産血統は、後藤英治氏が「ルカヌスワールド」28号(2001年10月)で「良血統への誘い」というタイトルで公にされたものです。氏による本文をお読みいただけると分かりますが、実はこの血統、上田氏の提案で後藤氏そして(本文では言及されていませんが)私が共同で初令幼虫を関西の某ショップさんから購入したものです。むし社主催の第一回美形オオクワガタコンテストで14位に入った個体のインライン血統というふれこみに惹かれた上田氏が熱心に共同購入を我々に勧めたのでした。後藤氏はあまり乗り気ではなく、実のところ私も腰が引けていました。初令幼虫が1頭2千円だったと記憶していますが、当時の私の感覚では、国産オオクワガタの初令幼虫に1頭あたり2千円も投資するなど馬鹿げた行為だったのです。そして後藤氏と同様、幼虫購入そのものに懐疑的でありました。記憶が正しければ、上田氏が4頭そして後藤氏が2頭それぞれ購入されたはずです。私は2頭購入しました。「初令2頭で4千円か・・・」と思ったものです。3人で幼虫を分けながら、上田氏の妙にはしゃいだ様子が印象に残っています。2000年の3月中旬頃でした。

2頭の内1頭は翌2001年3月に1年1化で羽化しました。♂で68ミリほどの個体でしたが、率直な印象は「しょぼいなあ・・」という微かな失望感でした。後日、上田氏宅や後藤氏宅で羽化した個体たち(つまり「ルカヌスワールド」誌に画像が掲載されている個体たち)を実際に見ましたが、同じ印象でした。後藤氏が「凄い奴」と賞賛する理由が当時まったく分かりませんでした。上田氏も同感だったようで、彼は自分の個体を手放しほどなく後藤氏に譲っています。(上田氏の4頭は1♂3♀♀♀で羽化し、後藤氏の2頭は1♂1♀のペアで羽化したと思います。) 私も1頭目の♂個体は近所の子どもにあげてしまいました。私はともかく、普段は虫を見る眼を持っている上田氏にしては珍しくこの血統に秘められた可能性を見過ごしてしまったようです。早々に撤退表明した我々二人を後目に、後藤氏はご自分の慧眼を信じて累代飼育を続けられ、その次の代でついにこの血統の才能を開花させ、ご自身の判断の正しかったことを証明して見せたのです。氏が作出された個体群は今日あちこちのHPなどで見られますが、超阿古谷に勝るとも劣らない良血統と言っても過言ではないでしょう。まったく恐れ入ります。

拙宅の2頭目の幼虫はまもなく2年目に突入してセミ幼虫となり、最大体重23gを記録してようやく初令投入から翌々年、つまり2002年3月に2年1化で羽化しました。1頭目は惜しげもなく手放しましたが、期待などまったくしていなかったその2頭目の♂個体を見て私は驚きました。後日拙宅にやって来た上田氏も驚きました。69ミリというサイズながら、そのあごは太短く、特に基部の太さには瞠目させられたからです。全体的な体形は異なるものの、それはあの超阿古谷オリジナル71ミリを彷彿させました。今となっては負け惜しみですが、仮に後藤氏が累代飼育された個体群を見ていなかったにしても、この69ミリを見ていたら私もこの血統の可能性を信じていたことでしょう。決して「美形」とか「極太」と呼べる個体ではありませんが、「次は凄いだろうな・・」を予感させる、まるでダイヤモンドの原石のような雰囲気を宿した個体でした。けれども、セミ幼虫となっていたこの個体をそれでも最後まで面倒見ようと思いとどまらせたのは、やはり後藤氏が累代飼育された個体群の存在があったからです。その意味で、この「AKO」という血統は、私の中では後藤氏オリジナル血統と呼んで差し支えない血統として認識しています。もっとも、最初に幼虫購入を熱心に呼びかけたくれた上田氏の勧誘が無ければ何も始まらなかった訳ですが・・。

問題は拙宅には♂しかいないということです。「AKO」という血統をインラインで累代飼育することはできません。断種も考えましたが、最終的には異血統♀との交配による<発展型>を模索することに決めました。このプロジェクトについては後述します。

8. 「クワガタのおうち屋」超阿古谷各血統の紹介

閑話休題が長くなりました。本題の超阿古谷血統に戻ります。そろそろ終盤ですが、ここからしばらくこの連載を書く理由となった、おうち屋さんHPに画像掲載されている超阿古谷各血統の説明をして参ります。「各血統」と申しましたが、すでに中編で説明したように、これらはそれぞれ、1)インライン直系飼育、2)同産地異血統♀との交配によるアウトライン、3)他産地異血統♀との交配によるアウトラインという飼育方針別に分けられているので、私自身は「血統」というよりむしろ「系統」と呼んでおります。ですが、ここではHPの表記に準じて便宜上「各血統」という言い方をすることに致します。

ご存知のように、「超阿古谷」は上田氏や私だけが飼育している訳ではありません。この血統をすでに入手された多くのブリーダーの方々によっても飼育されています。オリジナル作出者であられるM氏が表舞台に登場されない以上、この血統の飼育方針は各ブリーダーに委ねられたと私は考えています。ある者はインライン・ブリードによる累代飼育により、まさにこの血統の「純血」を守ることに拘りを持ち、またある者は種々の理由によりインライン飼育とともに、異血統との交配による「発展型」の作出に飼育の方向を見出します。少なくとも私自身は、互いにどちらが正しいとか間違っているとかは言えないし、また言うべきでもないと思っています。お気づきのように、上田氏や私はインライン飼育を行いつつも、アウトライン・ブリードも行ってきました。どちらも「生き虫」飼育の楽しみと考えたからです。我々は標本家ではないので生きている虫の累代飼育を楽しみたい、それだけです。ただ、おうち屋さんというプロショップのHPで公開されている以上、どのような飼育をしたかのきちんとした情報公開を行う必要はあると考えました。ですから、このような文章を書いている訳です。

これより各血統の説明に入ります。
1)A血統
これは上田氏が成虫ペアで入手した、F2個体♂74ミリと♀48ミリを種親とする、インライン交配による個体群(F3)です。オリジナルブリーダー・M氏命名の血統名ではB血統の流れを汲む純血直系の血統です。幼虫飼育は主に上田氏が手掛けました。「KUWATA」13号にある上田氏による報文では「C系」と表記されている血統です。

この種親ペアの相性が良かったのか、それとも上田氏の飼育技術がよほど良かったのか(温度管理や餌の質に無頓着な上田氏のずぼらな飼育法をちょっと揶揄して言っているのですが)、羽化してきた個体群は爆裂個体とも言うべき極太がっちり君たちが続出しました。ディンプルの目立つのが玉に瑕ですが、79ミリを筆頭に<鬼のような個体>、つまり77ミリを超えてもあごが痩せない、十分な厚みを持ったあごをした個体たちが出揃ったのです。内歯の大きさと出方も特筆物です。超阿古谷でも73〜74ミリくらいまでは太く厚いあごをした個体をそれなりに見かけますが、77ミリを超えても痩せないあごの個体群を作出したのは、M氏を除いて私の知る限り上田氏だけです。ディンプルが課題ですが、おうち屋店主の橘氏は飼育法で克服できると言われます。氏の飼育に期待したいと思います。

因みに、「KUWATA」誌上で公言したように、上田氏は現在飼育を中断しています。彼が作出したこのA血統を含め、次に述べるB血統の個体群は私が譲り受けました。そしてこれらの血統の才能を開花させてくれると私が見込んだ(生意気言ってますが・・)、おうち屋の橘氏にA、B、C各血統合わせて数ペアづつ、そして静岡県沼津市の「蟲っプリ」店主・木下検太氏にA血統の♂71.5ミリ(最良形の個体)&♀49ミリのペアを私の方から差し上げています。これらの他、上田氏が個人的にAおよびB血統の内、比較的小型で羽化した個体群を愛知県岡崎市にあるショップ、「TFカンパニー」さんに譲っています。ですから、上田・服部系の超阿古谷血統を直接受け取ったショップさんはこの3つしかありません。

2)B血統
中編ですでに述べたように、この血統はオリジナル71ミリ直系のF2個体♂72ミリ(M氏命名の血統名は不明)と、阿古谷産異血統の♀48ミリを種親とする、アウトライン交配による個体群です。幼虫は上田氏と私で等分してそれぞれ飼育しました。「KUWATA」13号での上田氏による報文では「D系」と命名されている血統(系統)です。

私にとってこの72ミリは、羽化不全(羽パカ)ながら良形で入手時の思い出もある大切な個体でした。伴侶となる兄姉の♀がいなかったので、アウトライン交配は不可避でしたが、それだからこそ♀の産地と血統には拘りたいと思っていました。この72ミリが誕生したのは、中編で述べたように、2001年の初頭でした。その後、私が♂だけを入手した情報を聞いた上田氏が絶好の♀を連れてきてくれたのです。その阿古谷産異血統の♀とは、大阪の有名ブリーダーであられる元木弘英氏が作出された阿古谷産の♀個体でした。上田氏が「KUWATA」誌上で<中歯大型個体血統の♀>と言っているのが正にこの♀のことなのです。元木氏が、72ミリという大型の阿古谷産中歯個体から系統選別・固定してこられた末裔の1頭とのことでした。元木氏自身が「KUWATA」7号で紹介された呼称に従えば、<MOTOKI-AKO>と称される系統でしょうか。

2000年8月5日、ワイルドプライド社主催のKUWATAフェスティバルが埼玉県大宮市(現さいたま市)で開催されました。上田氏は愛車のホンダ・オデッセイを駆って名古屋から会場に向かいました。実は彼だけではなく、3人の同乗者がいました。ネブトの達人・浅井章博氏、後藤英治氏そして後藤氏の友人のO氏です。(因みに、私は参加しませんでした。) フェスティバルの会場では元木氏が来賓として招かれていたそうです。ここからが上田氏の面目躍如ですが、「KUWATA」7号(2000年7月)でオオクワガタ採集記を寄稿していた上田氏はちゃっかり来賓扱いにしてもらい、するすると来賓室に通されたのでした。そこで元木氏と出会い、フェスティバルも終わりに近づいた頃、元木氏から氏のご好意で直接阿古谷産♀個体他、何頭かの生体をいただいたのでした。 (その後、ワイルドプライド社がフェスティバル参加者先着100名に約束した、元木ホワイトアイ幼虫の数が予想したより確保できなかった事態が起こった際、先着100名に入った上田氏にも元木氏から直接お詫びの手紙が来たそうです。そこに記されていた元木氏の電話番号に電話をして、上田氏は後日、後藤氏と一緒に大阪の元木氏宅を訪れています。元木氏はお二人を快く迎えて下さり、お土産に元木スペシャルやホワイトアイを二人にプレゼントされました。私たちは元木氏作出阿古谷産(MOTOKI-AKO)、元木スペシャル、そして元木ホワイトアイをきちんと区別し、それぞれ血統管理しました。スペシャル♂はスペシャル♀との交配にしか用いませんでした。理由は単純で、超阿古谷血統とは同産地の♀を交配相手としたかったからです。蛇足ですが、先着100名へのホワイトアイ幼虫のプレゼントの件は、当初より遅れながらも無事発送は済んだそうです。ワイルドプライド社と元木氏の名誉のために申し添えておきます。)

話は2001年の超阿古谷♂72ミリ入手後に戻りますが、この♂の交配相手として元木氏作出の阿古谷産48ミリの♀個体が我々の関心を引きました。産地・血統・サイズとも申し分ありません。元木氏によれば、この♀はすぐにでも交配可能とのことでしたから、羽化時期は恐らく2000年初頭かその前の年の秋〜冬の間であったと推察されます。2001年の時点で♀の方の性成熟はもちろん十分でした。問題は♂の方で、この年の誕生だったので、成熟具合に不安が残りました。通常、私は♂でも♀でも必ず越冬を経験させて、翌年交配に用います。しかし、♀はすでに前年、もしかすると更にその前の年に羽化しているので、交配を翌年まで延ばすとなると今度は逆に♀の寿命の方が心配になってきます。♂が年初に羽化していることを鑑み、羽化から約6ヶ月が経過した初夏の時期を交配の時とすることにしました。

お互い♂♀を貸し出し合い、最初に上田氏が採卵し、その後しばらくして今度は私が採卵しました。幸い、交配・産卵ともうまく行きました。幼虫の飼育経過は省略しますが、結果を述べると、この超阿古谷♂と元木氏作出阿古谷産♀(MOTOKI-AKO)の相性は大変素晴らしく、上田氏のところでも私のところでもA血統に勝るとも劣らない良形極太大型個体(最高78ミリ)が羽化しています。超阿古谷の血筋もさることながら、<MOTOKI-AKO>血統の素晴らしさにも瞠目させられました。A血統同様、あご基部や内歯内側は太く、大型になってもあごは痩せずに厚みを持っていました。このB血統はA血統よりあごの厚みという点では若干見劣りする気がするものの、あご基部から外側への張り出しという点ではA血統以上の顕著さが全体にあるように思えます。アウトライン・ブリードが成功した例として、私たちにとっても非常に印象深い血統(系統)となりました。(アウトライン・ブリードでの秘訣は、♂側も♀側もある程度系統が固定され、それぞれに良形の兄弟が誕生していることを確認することが大切であると思います。) ただ、B血統の不思議として、♂と♀の発現比率がほぼ2:1であり(上田氏宅でも拙宅でも同様)、♂が♀の倍誕生するのです。ですから、採卵数はそれなりにあっても、成虫ペアにできる数は限られてしまいます。昨年、2002年も採卵しましたが、♂♀の発現比率はその前の年と同様でした。どうしても♂が余る傾向にあります。

おうち屋さんHPに画像が掲載されているA血統は累代ではF3になります。次の代は当然F4となる訳です。インライン交配での累代数増加による弊害の有無はブリーダー諸氏の間でも意見が分かれるようですが、個人的にはやはり何らかの弊害が現れるのでは・・?と考えています。今までの経験やブリーダー仲間の証言から、累代が重なることによって次世代のサイズが小振りになってくる傾向があるように思えてなりません。ですから個人的には、形だけでなくサイズも狙う場合、インライン交配による累代は2代までにしておきたいという気持ちがあります。A血統はサイズに関係なく、今後しばらくはインライン飼育を続けるでしょうが、それとは別に発展型としてのアウトライン系統、とりわけ超阿古谷の長所を受け継ぐ発展型の作出を願っていましたから、この点でB血統の誕生は私たちにとって非常に貴重な機会となりました。因みに、B血統はおうち屋さんの他にはTFカンパニーさんしか私たちから出ていません。上田氏がTFさんに、そして私が(上田氏作出の個体も含まれていますが)おうち屋さんにそれぞれお譲りしました。(但し、A血統と同様、TFカンパニーさんからその先どのようなルートで、またどなたの手に渡って行ったかについては残念ながら私たちは関知しておりません。)

3)C血統
この血統はB血統と同じ♂個体(72ミリ)を種親とし、私が所有していた他産地の異血統♀と交配させて誕生した血統です。この血統の累代飼育については上田氏は全く関与していなく、私が独自に進めたものです。けれども、累代飼育は私自身が進めましたが、この♀個体も実は元々上田氏から譲ってもらったものなのです。愛好会初期の頃、上田氏は加藤隆行氏から氏が飼育された佐賀産♀個体群を譲り受けました。その中から2頭を上田氏は私に里子に出したのです。(内1頭はまもなく死亡。) 上田氏の愛好会脱会前後に加藤氏から返却依頼がきたそうで、上田氏は譲られた♀♀またはそれらから生まれた子どもたちを加藤氏宅に返しに行かれたそうです。上田氏は私に2頭譲ったことをすっかり忘れていて、私も方も加藤氏から上田氏に返却依頼がきていたことなど知ったのはずっと後になってからで(その時にはすでに超阿古谷との交配が済んでいた)、時すでに遅しということでそのまま飼育を続けたのでした。

C血統は♀親の素性から察せられるように、A血統やB血統のような良形作出の明確な飼育目的で取り組まれたというより、むしろサイズ・大きさを追求する「実験血統」として始めた血統です。(実はもう一つ、ディンプル対策の目的もありましたが、動機としてはそれほど重要ではありません。) ですから、おうち屋さんにも特別の依頼がない限りは、外部に出回ることを遠慮していただくようお願いしています。おうち屋さんの中でもサイズ追求の実験血統として、ホーペマニア氏こと田中氏が飼育実験を担当しておられます。すでにベテランの腕を持っておられる氏のことですから結果がとても楽しみです。

♀親の経歴から、この血統の兄弟や従兄弟から大型良形個体が多く誕生しているので、ある程度固定された系統と仮定し、♂の形質を受け継ぎ易く、尚かつ特大サイズが誕生し易い組み合わせと判断しました。元木スペシャルが♂が佐賀産で♀が阿古谷産だったので、その逆に♂を阿古谷産、♀を佐賀産としてみた訳です。この血統の一番の特徴は、特大型であるということです。とにかく幼虫の平均体重が他の2血統に比べて3g以上高く、昨年も今年もそれぞれ30頭ほど産卵していますが、その中で必ず数頭は30gを超えます。(昨年は最高31g、今年は最高32gでした。) 昨年は仕上げボトルで失敗して最高78.7ミリで終わりましたが(でも恥ずかしくない極太個体です)、飼育次第では十分に80オーバーが狙える血統であります。では形はどうか? おうち屋さんHPにある画像をご覧になっていかがでしょうか? 他のA血統やB血統に比べて見劣りするでしょうか? 私はそうは思いません。画像の個体は77ミリですが、あごは相変わらず太く、そして超阿古谷独特の「厚み」があります。おうち屋さんには78.7ミリの個体も差し上げていますが、佐賀産の大型極太ボディーを受け継ぎながら、超阿古谷特有の外に張り出すあごを備えています。

このC血統は、形の良い♂を選別し、数世代ほど選別・固定して行けば、超阿古谷の形を受け継ぎつつ特大型を狙える血統に育て上げることができるという飼育の楽しみがあります。ブリーダー諸氏の間では未だ産地間交配に抵抗を覚える方が多いようなので、私もC血統を実験血統として「傍流」と位置づけていますが、生き虫飼育の楽しみ(次世代にどのような個体が出てくるか期待する楽しみ)を味わわせてくれる血統として、今後も飼育を続けるつもりです。

以上がおうち屋さんHPでのA・B・C各血統の紹介・説明です。繰り返しますが、これらの血統(系統)名はオリジナルのM氏命名の血統名とは直接対応していないので(AはA、BはBという風に)、また上田氏の「KUWATA」誌上での報文における命名(C系・D系)との対応関係もあるので、詳細は上記または中編での説明をご参照下さい。今後、おうち屋さん店主・橘氏が<ボヤキ>等で、また私自身が日頃お世話になっている「装甲蟲会掲示板」等で、特に断り無くA血統、B血統という名称を用いる場合、それはこのHP内での呼称であることをご留意下さればと存じます。

9. 今年の飼育計画

すでに許されたスペースを超過していますので、ここで簡単に今年のブリード計画をお話し致します。
この連載をお読み下さっている方々の中にはあることに気づいておられる方もいらっしゃるかと思います。それは、♂81ミリと♀48ミリのペアのことです。このペアはA〜Cのいずれの血統でも種親として用いられていないことにお気づきのことでしょう。前編の最後の部分で紹介したように、♀は2001年の初夏に羽化していますが、♂は翌年の5月に羽化しています。羽化時期がずれてしまっているのです。♂の羽化を待って通常するように越冬させて交配に用いるとなると、それは2003年まで持ち越されてしまい、♀の寿命や産卵能力に陰りの出ることが懸念されました。上田氏と相談の結果、A血統の種親である♂74ミリとこの81ミリと同腹兄姉である♀48ミリを2002年初夏に交配させることにしました。従って、現在拙宅で羽化を待つA血統(従兄姉関係なのでクロスラインとでも言うのでしょうか?)の幼虫たちは、この74ミリと48ミリから生まれたものです。81ミリの血を引く系統ということになります。現在のところは便宜的に「A血統」と呼んでいますが、将来的には別の名称をつけなくてはならないかもしれません。直系インライン系統としてのA血統のペアはおうち屋さんの橘氏のところと、沼津市の「蟲っプリ」木下氏のところにしかいません。後で触れますが、拙宅にはA血統の種親は♀が4頭いるだけです。純粋インライン系統の子どもがほしい場合は橘氏か木下氏のいずれかにお願いしなければならないでしょう。

上記の理由により、拙宅での超阿古谷A血統(系)のブリードは、必然的に81ミリとA血統の♀との組み合わせになります。A血統内での累代数が重なってきていたので(橘氏や木下氏が今年幼虫採りされるものはF4ということになります)、そろそろ血の入れ替えをしたいと思っていたところでした。現在、4頭いるA血統♀の内、51ミリと49ミリを拙宅での交配に用います。残り2頭の内、47ミリは81ミリと交配させた後、6月頃に buraiさんこと加藤豊久氏にお譲りすることになっています。これは昨年からのお約束でした。超阿古谷飼育者として著名な同氏のもとで、また別の超阿古谷系統を飼育していただけることを嬉しく思っています。

残り1頭である別の49ミリですが、これは上記の「閑話休題」お話した「AKO」と交配させ、私の中での通称「究極阿古谷作出プロジェクト」(大袈裟ですが・・)の大事な種親♀として使用する予定です。「AKO」には兄姉の伴侶が拙宅にはいないので、超阿古谷血統と交配させることにしました。そして感謝なことに、このプロジェクトを友人であるD氏こと、段 直樹氏が引き受けて下さることになりました。段氏はヒマラヤ系アンタエウスやグランディスの飼育で87ミリオーバー等の特大個体を多数作出されている方であり、知る人ぞ知る若き超敏腕ブリーダーであります。また段氏は、私の知る限り、極めて初期の頃から中国ホーペの飼育を手掛けられた方でもあります。一説では、「王牙」は段氏が飼育されたホーペと深い関係があると伺っています。とにかく、「究極阿古谷」作出プロジェクトの担い手として、これほど相応しい方はいません。段氏にはA血統の♀だけではなく、B血統の♀1頭(拙宅には現在2頭の種親♀♀がいます)も提供させていただき、それも「AKO」と交配させることになっています。段氏による来年の成果が大いに期待されるところです。

B血統のもう1頭の♀は、拙宅にいる兄弟の68ミリと交配させてから、九州のグッチさんことH氏に差し上げることになっています。これも、親しくさせていただいている以前からの友人である「L28改さん」または「かつみさん」を通して昨年からお約束していたことでした。

拙宅では今春から長女が中三に進級して高校受験生となるので、遅くとも夏には現在のブリードルームを娘に明け渡さなくてはなりません。ですから飼育頭数が自ずと限られてきます。上記のように、今年は81ミリの♂と、A血統51ミリ&49ミリの2♀♀との交配による幼虫飼育のみに限定しようと思います。他はすべて橘氏や木下氏、また加藤氏や段氏そして九州のグッチさんたちの手にお委ねすることに致します。

10. 最後に

以上が上田・服部系超阿古谷血統の概要です。なるべく論評や主観は入れず、客観的に事実を淡々とお伝えすることに努めてきたので、退屈な文章であったと思います。最後まで読んで下さった方がいらっしゃれば感謝申し上げたいと思います。私信等で個人的にお励ましをいただいた読者の方々には、とりわけ深く感謝しております。

この連載での文章は飽くまで「上田・服部系」の超阿古谷血統の話であります。超阿古谷を飼育されている方は他にも大勢いらっしゃるので、その方たちのこの血統との出会いや飼育状況などが今後ますます紹介されて公になることを期待しております。そのことによって、「超阿古谷」という血統がより立体的に国産オオクワガタ飼育愛好者の方々に知られていくことになるからです。私(たち)は一平面を提供したに過ぎません。

最後に、このような場を提供して下さった「クワガタのおうち屋」店主・橘 紀之氏には改めて深く感謝致します。また日頃、装甲蟲会掲示板でお世話になっている三重の「ふ」こと、三重のHぐち氏と三重のUだ氏、そして掲示板参加者の方々にもお礼申し上げます。この連載でお名前を挙げさせていただいた方々はすべて、私の飼育人生の中で数々の教えと示唆を受け、お世話になった方々であります。この場を借りてお礼申し上げたく存じます。とりわけ、執筆にあたり数々の協力をいただいた友人の上田 亨氏、そしてクワガタ飼育と人生の良き先輩である後藤英治氏には格別の感謝を申し上げます。ありがとうございました。