トップ > 国産最高血統・超阿古 #3
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 上田・服部系“超阿古谷”血統について(中編)

5. 「超阿古谷」血統の入手(2)

オリジナル作出者であるM氏によるA血統3令幼虫ペアを入手した上田氏に続いて、今度は私が超阿古谷血統を入手した経緯をお話します。但し、私が手に入れたのは幼虫ではなく成虫であり、またペアではなく、♂個体だけでした。上田氏宅では幼虫3令ペアの飼育が続いていました。

2001年の年が明けた間もなくでしたが、寒い冬の夜であったとを記憶しています。私は例によって愛知県豊田市の塾長K氏のショップに遊びに行っていました。その頃、M氏から超阿古谷幼虫を譲ってもらっていたK氏のお店では幼虫たちは3令中期〜後期に入っていたようです。その中でいち早く羽化した♂成虫がいました。オリジナル71ミリを親に持つF2個体です。ところがそれは羽パカの羽化不全の個体でした。K氏は私の目の前で菌糸ビンから取り出して見せてくれたのですが、確かに羽パカながら思わず身を乗り出してしまうような太いあごと大きな頭幅を持った個体だったのです。今、私の手元にその個体の<死骸>があるのですが(きちんと標本にしなかったので・・・)、72ミリの体長で頭幅は26ミリ、あご基部は5.5ミリあります。生体の時に計測していなかったので何とも言えませんが、干涸らびた死骸でこの数字ですから、生きていた時はもう0.1〜0.2ミリほど太かったかもしれません。現在でこそ中国ホーペ全盛の時代でこの数字に驚く方も少ないでしょうが、今から3年前、国産オオクワガタでこのサイズを持つ個体を見た時の驚きは相当なものでした。

よほど私が物欲しそうな顔をして見入っていたからでしょうか、羽化不全個体だったこともあり売り物にならないからとK氏は寛大にもその個体を私に下さったのです。羽パカではありましたが、腹部および交尾器には何の異常も見られず、ブリーディングという観点からは種親として私にはまったく問題のない個体でありました。あのオリジナル71ミリ(F1)の血を引く血統として、この♂個体は私の宝物になりました。ついでに♀も・・・とはあまりにずうずうしいので言い出せませんでしたが・・・。ただこの72ミリがM氏による血統名ではA〜Eのどれかは確認し損ねてしまいました。ですから判らないのです。この頃つまり2001年初頭はAまたはB血統しか店頭になかったようなので、この個体もそのいずれかであると推察されます。(当時はAでもBでもとにかく71ミリ直系であれば何でもよかったのです。これが正直なところです) この♂個体は今までどの雑誌やHPなどでも公開されていません。生体時に見たことがあるのはK氏以外では上田氏と後藤氏だけであり、死骸を見たのもつい最近まで友人のD氏だけです。去る2月1日におうち屋さんで新年会が行われましたが、そこにこの死骸を持って行き参加者の方々に見ていただきました。事実上の初公開です。

後ほど触れますが、上田氏はこの個体を気に入ったようで、アウトラインブリードの種♂にすることを提案しました。ペアの♀がいなかったので私もその案に賛成でした。但し、♀個体を厳選することを条件にです。私がこの♂を提供し、上田氏が同産地、つまり阿古谷産の別血統♀を提供することで話はまとまりました。このプロジェクトの成果として後におうち屋さんHPにある「B血統」が誕生することになるのです。ですが、この詳しい物語はまた後ほど改めて紹介致します。

6.  「超阿古谷」血統の入手(3)

さて我々が入手した3番目の超阿古谷血統ですが、これは再び上田氏が成虫で手に入れたペアのことです。(因みに、私などが「超阿古谷作出者」などと呼ばれていますが、誠に面映ゆいことで、種親の入手はほとんど上田氏によるものです) この成虫ペア入手の経緯は「KUWATA」13号の上田氏による報文に詳しいですね。

「超阿古谷」血統の入手(1)で紹介した3令幼虫ペアですが、♀幼虫は2001年の初夏に48ミリというサイズで羽化していますが、問題は♂幼虫で、初令から1年を経過した4月では蛹化の気配もなく、夏のシーズンに入っても一向に蛹室を作り出す様子はありませんでした。上田氏はだんだん焦ってきたようで、当時の心境を彼は「KUWATA」13号の報文で次のように語っています。

「そして、その幼虫は2001年の春に羽化する予定であったが、一向にその気配は無く、このままではセミになってしまうと危惧した。また、成虫になった個体がショップに並びそのペアを購入した人が、どーだっとばかり写真を送ってくるものだから、羨ましくて仕方なくそのショップの主が種親用にとっておいた成虫ペアを幼虫半分返しという条件で、購入した。」(p.34)

「羨ましくて仕方なく・・・」というところに上田氏の正直な気持ちが表れていて微笑ましいのですが、彼にとってはずいぶん思い詰めた気持ちだったようで、塾長K氏にはかなり強引に頼み込んで譲ってもらったようです。オリジナル71ミリ(F1)から誕生したF2のペアで、♂74ミリ、♀48ミリのペアでした。K氏が来年用の種親にと温存していたペアだけあって、頭幅があり、大あごもしっかりした良形個体でありました。この♂個体の画像は「KUWATA」13号の報文の左上段に掲載されています(p.33)。また、先に紹介した羽パカ81ミリの画像とともに、burai さんこと加藤豊久氏のHPである「DORCUS & FISHING」中の<超阿古の館>(http://www.gctv.ne.jp/~burai/dorcus/ako.html)でも掲載させていただいています。(そこではこの74ミリが「U氏作出 H氏保管」となっていますが、今までの文章からお分かりのように、これはU氏作出ではなく塾長K氏作出であります。ですが加藤氏のミスではなく、私が正確にお伝えし損ねたところの私のミスであります。脱線ついでに、「ルカヌスワールド」誌等で著名なこの加藤豊久氏によるHPにアップされた超阿古谷アーカイヴは誠に貴重な貢献であると私は評価しています。加藤氏や後藤氏が作出された超阿古谷血統はもとより、なんとあのオリジナル作出者であるM氏の個体たちも紹介されているのです!超阿古谷を紹介したHPは数多けれど、M氏作出個体をこれだけ紹介しているHPを他に私は寡聞にして知りません。私自身も勉強させていただきましたし、また加藤氏や後藤氏そしてM氏作出個体群を大いに堪能させていただきました。超阿古谷血統を語る上で「ルカヌスワールド」29号の後藤氏による報文と並んで絶対に見過ごすことのできない貢献でありましょう。)

この74ミリペア(F2)がM氏命名のA〜Eのどの血統に属するか長らく謎でした。というのも、私自身が長らくこのペアに付いていたラベルを見落としていたからです。先日上田氏に会って改めて確認したところ、ラベルには「B」という文字があったことを教えてくれました。果たして長く紛失していたラベルのついたガラスビンを探し出し確認してみると、♂は2001年3月羽化、♀が同年1月羽化の記入があり、「阿古谷産 B」とあります。K氏が種親としてペアで保管していたところから察するに、この74ミリペアはM氏命名A〜E血統の内の「B血統」と見なしてまず間違いないでしょう。そしてこのペアから生まれた個体群が後におうち屋さんHPにある「A血統」として紹介されているのです。おうち屋さんHPでのA血統とはつまり、「インラインブリードによる直系」を意味します。

さて「超阿古谷」血統の入手(1)〜(3)をまとめると以下のようになります。

(1)M氏命名A血統3令幼虫ペアを上田氏が入手。♂は2002年5月に81ミリで羽化。
   ♀は2001年初夏に48ミリで羽化。共にF2個体。

(2)血統名不明、オリジナル71ミリ直系のF2個体。♂72ミリ。服部が入手。同産地異血統♀
   (上田氏提供)とのアウトラインブリードにより、おうち屋さんHPで「B血統」として紹介
   される個体群の種親となる。

(3)M氏命名B血統の成虫ペアを上田氏が入手。♂74ミリ、2001年3月羽化。♀48ミリ、
   2001年1月羽化。共にF2個体。おうち屋さんHPでの「A血統」の種親。

以上で上田・服部系「超阿古谷」血統の種親の背景についてお分かりいただけたかと思います。

2001年春以降、F2個体群が塾長K氏のショップで続々羽化してくる訳ですが、それら初期の羽化個体たちが後藤英治氏による「ルカヌスワールド」29号で入手された方々のお名前をと共に紹介されているのです。なぜ後藤氏がそこで上田氏や私の個体を紹介されていないか、それはこの場では触れないでおきます。ちょっとした事情が当時ありました。それはともかく、私自身はそこで紹介されている個体群を恐らくすべて塾長K氏のショップで見ているはずです(自信あります)。また入手された方のほとんどと何らかの面識があります。(昨年末におうち屋さんで行われた忘年会でついに76ミリを入手された滋賀県のT氏ともお会いすることができました) 皆素晴らしい個体でしたが、やはり77ミリが一番印象に残っています。「昆虫フィールド」25号の12ページ右上段の個体、また「月刊むし8月増刊号 オオクワガタ!」(2001年)の162ページ右最上段の愛称「タイガーちゃん」がその超阿古谷77ミリそのものか、またはそれに連なる血統(子孫等)であると思います。(違っていたらごめんなさい!) また後藤氏所有の73ミリは各方面で紹介されている美形個体ですが、個人的には相方の♀48ミリの実物を見せてもらった時、その太さと迫力に瞠目した覚えがあります。滋賀県のT氏所有の76ミリはあごのエッジがきいた極太個体で、上記の私が入手した72ミリとよく似ていました。それぞれの個体に思い出は尽きませんが、これら初期の羽化個体群はどれをとっても「やっぱり超阿古谷だなあ・・・」と納得するオーラを発していたと思います。

超阿古谷の各血統がそれぞれのブリーダーの手に渡り、そのブリーダーたちの飼育に対する思想や拘りに従って超阿古谷血統は拡がりを見せて行きました。上田・服部系も我々の関心や拘りに沿って飼育されていきました。大きく3つの方向で飼育されました。
それらは、
1)インラインブリードによる直系保持
2)同産地異血統♀との交配によるアウトラインブリード
そして、
3)実験飼育として別産地異血統♀との交配(産地間交配)によるアウトラインブリード
です。そしてこれら3つの方向がおうち屋さんHPでのA血統、B血統、C血統として反映されているのです。換言するなら、おうち屋さんHPでの血統名称は飼育方法別にまとめられた命名であります。次回最終回である後編では最初に「閑話休題」として「AKO」血統の物語を紹介させていただき、それから本論であるおうち屋さんHPでの各血統の説明、とりわけB血統とC血統を詳しく紹介させていただき、最後に現在の飼育状況そして今年のブリード計画などをしたためさせていただこうと考えています。紙面に余裕があれば超阿古谷血統に関する私的雑感なども盛り込むかもしれません。

(以下、後編に続く)